10 無駄な「抵抗」は手離したい

5年以上放置していた、右手小指の自称マウスダコが急に腫れて痛み出した。
最後に意識したのが5年前位のことで、その以前からあったのだから、恐らく倍位は時間が経過しているものと思う。
病院は嫌いだが、背に腹は変えられないので、恥を忍んで診察してもらった。
恥と言う程のことでもなかろうが、常日頃、健康自慢を吹聴している身としては、片腹痛い。

医師の見立ては良性の腫瘍とのことだった。
良性だから、悪いことにはならないと、安心していたら、みるみるグローブ大の手になった。
痛みは断続的に続いて、夜も眠れない。
ここ数年の学びで、自分が選ばない限りあらゆる病気にはならないと確信してはいたが、実際なってみるとそんな悠長なことは言っていられない。
痛みは収まらないし、腫れは今にも破裂しそうな塩梅で、不安で仕方がなくなった。
一方で、この不安を楯にとられて世の人々は病院だの保険だのにお金や時間を費やすのだな、と妙に納得した。

よくできたシステムだと思う。
人々の不安を増長すればするほど、その筋の誰かが儲かるというこのカラクリ。
気づいてしまえば、それに乗ってはなるものか、と多少のブレーキはかかるけれども、慣れ親しんだシステムではあるし、変えるのは容易ではない。
そうして時間をかけてなったものは、元に戻すにもそれなりの時間がかかるのだ。

数日後にMRIの検査を控えていて、それまでは何とか乗り切った。我慢に我慢を重ねてようやく、といった感じだった。
その日主治医の診察はない予定だったが、これ以上はいかんともしがたい状態だったので、急遽診察してもらうことにした。
結果は、化膿しているからすぐにでも手術したほうがよいとのことだった。
その場で応急処置として出せるところの膿を出してもらったのだが、これが痛いの何の。
10年分のあらゆる痛みが右手小指に集結でもしたかのような、まさしく七転八倒の痛みだった。着ていた服はたちまち血で染まった。安物でよかった、と妙なところで安堵する、根っからの貧乏性である。

そうしてあれよあれよという間に翌日の手術が決まった。
こうなる前の自分は必要に迫られたとしても手術は選択しないはずだった。
メスを入れれば、肉体のみならず、オーラにも傷がつくと聞いていたし、見えない世界はないものとして扱われるのが、現代医療のあり方で、そのどこか片手落ちの感じが、一個の人間のゆがみとなってその人の一生に影を落とすのだと信じているところがあった。
結局、その頑なさによって、状況は悪くなったのだと思う。
痛みに対して人間は無力で、ここまで来ると、もう手術以外は選択肢がないのだった。

それでも不安はないはずだった。
現実は自分の意識の反映でしかない、というのも学んだことの一つで、なぜ病気が発症したか、気付きが起きさえすれば病巣が瞬時に消え去ることもあるのだと、頭では理解していた。
何か見落としていることがあるはずだ、と片っ端から考えた。
人の意見を頭から否定して聞く耳をもたなかったのではないか。
先祖に対する礼を失してはいなかったか。
病気を通して人の同情を買おうとしてはいないか。
病気は今の自分に必要なメッセージだと言うけれど、どれも今いちピンとこなかった。

これだ、というものが発見できれば、手術しなくてもいいはず、という一縷の望みも、あえなく時間切れとなった。
時間がないという焦りが不安を生んで、結局古いあり方を選んでしまった。
ここまで来たら覚悟を決めて、手術をするという決断がよきものであると発想を転換するしかない。

そうして臨んだ初めての手術ではあったが、主治医の迅速かつ適切な処置の甲斐あって、悪いところはすべて取り除くことができたとのことだった。
しかし傷口は、映画などでみるヤクザものの頬にあるような傷が、そのまま指に転写でもされたかのように無惨で、凝視にたえないものだった。
色も形も自分の手とも思えぬ有り様で、変にひきつれているし、曲げることもままならず、何とも残念な気持ちになった。
リハビリをしなければ、たちまち棒のように動かない指になってしまうと言われ、さらに落ち込んだ。
全治1ヶ月とは言うものの、何らかの形で一生この傷と付き合っていくのだろうなということが察せられた。

ここへきてようやく、思い至ったことは、医者にかかるということに、自分は全力で抵抗していたということだ。
母が病院で亡くなったこともあり、その時の処置が適切だったか考えるにつれ、病院や医療行為を心の底から信じることができなくなっていた。
その、病院や医療行為は疑わしいもの、という信念が、今回の事態を引き起こしたのかも知れなかった。

思えば、抵抗するとか、流れに逆らうとかいうことは、その場に留まる事を意味するのだろう。
流れに乗っていけばスイスイ前に進めるものを、逆らうことでどこにも進んでいけない状況を生み出すのだ。
先に進まない恋愛も、いつまでも終わらない戦争も、結局はそんなようなことなのではないだろうか。

痛みを我慢することはまさしく「抵抗」で、どっちつかずの「痛い」状況が悪戯に長く続いただけだった。
つまるところ、我慢することをやめて流れに身を任せるだけのことが、なかなかできないのが人間なのだろう。

事は決めれば早い。
医者にかかると決めた途端、事態は動き出した。
傷は残ったが、無益な「抵抗」は手離せたと思う。

2024.1.2 交野左絵

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